「異変」を感じ取った前回からのつづき。

えぐられる過去
「病院にいかなきゃ」という前向きな気持ちに反発して、「病院にいくのがおっくう」という気持ちも芽生えていました。
それは単に面倒くさいという気持ちではなく「もし精神的な病気が発覚すると過去の自分がしでかしてきたこと、人を傷つけてしまってきたこと、失敗してきたことの理由がわかってしまう」この気持ちが強かったのです。
自分の過去についての説明がつくことはメリットかもしれません。しかし、自分が無意識のうちになにか過ちを犯していたらと考えると、それは消えない傷がより深く刻まれるような気がしてならなかったのです。
なんのための家族か
もう一つ懸念がありました。
何かしらの病気が発覚すると妻や家族には無理から寄り添ってもらわないといけなくなります。
「家族だから病気の家族に寄り添って当たり前」一般的にはそう言われることでしょう。だけど、この言葉は理想の話であり、当事者となる家族には覚悟のいることです。
ましてや迷惑をかける側となると、平気でいられるわけがありません。だって、妻は病人を診るために結婚した訳じゃないし、子どもたちもそのために生まれてきた訳ではありませんから。
連日の話し合いで、ある部分妻との関係は少しギクシャクしてしまったのは事実です。
決意
病気がわかればガラッと環境は変わってしまう。だけどわからない事は悪い環境を正す事もできずに、早かれ遅かれ家族には迷惑をかけてしまうことでしょう。
そういったわけで、ついに病院に行くことを決意します。
さて、ここからが新たな問題のはじまりです。
「何科に受診すればいい?」
今回の大きな柱となるのが、人の顔を覚えられない「相貌失認(そうぼうしつにん)」の症状で、それプラス数の記憶、物の数え方のクセ、想像にモヤがかかる「アファンタジア」など。
病院探し
頭に関する問題だから、、、と、とりあえず「脳神経外科」「脳神経内科」で良いだろうと探してみることに。
ふだん行き慣れない病院って不安ですよね。やっぱり気になるのは口コミです。
グーグルの口コミを参照しながら近くの病院を探すものの評判が悪く、検索範囲を大きく広げ、車で1時間くらいの市外の病院に行くことに決めました。
遠くて不便ではありますが、まさかこの選択が後々の運命を動かしてしまうとは思いもしなかったのです。



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