「地獄」宙に浮いた1ヶ月間【#4】自分が何者かわからない診断待ちのジレンマ

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前回「門前払い」からのつづき。

目次

精神科へのコンタクト

間違って行ってしまった「脳神経外科」からの紹介で無事に「精神科」への道が開けることとなりました。

早速、紹介いただいた病院に連絡してみました。

噂通り予約は取れない

事情を説明して確認して頂いたところ、予約が取れたのは1ヶ月後。

普通なら、あっという間に過ぎる時間。
でも、自分の正体がわからない今の私にとって、その30日は永遠にも等しい「保留」の宣告でした。

精神科は患者に寄り添うため時間がかかる、予約はなかなか取れないとネットの噂では聞いていましたが、やっぱりそれは本当だったようです。

1ヶ月後でも、正直、早いほうだと思います。

予約まで完了して、もう一歩前進した気分です。

トンネルを抜けるとそこは地獄だった

着々と道を歩んで行く感じですが、残念ながらそうはいかないものです。

私の頭の中で霧がかかり、その原因を解明しようと、モヤモヤしたトンネルをくぐって先の道を見つけたと思ったら、その目の前の景色は「地獄」とも思える状態だったのです。

「かもしれない」というジレンマ

一番の心の突っ掛かりとなったのは「もしかしたら自分はADHDかもしれない」「いや、過去の行動を見てたら絶対そうだよね」「でも違うかもしれない」「いやでも絶対そうだよね」という無限ループ。

職場にも伝えないといけませんが、まだ病名が出ているわけではありません。しかし、その傾向があるままに働くので、半分はそのつもりになって接してもらう必要もあります。

日々、そんなことを考えながら過ごしていたせいで、一気に私の心のバランスは崩れ始めるのです。

家族の理解とバランス

もっと大変だったのは家族、特に妻との話し合いでした。

病気なのか思い込みなのか、宙に浮いた状態。そうなると何もかもが気になり始めます。時間があれば妻に色々と病気について話しかけてしまうのです。

しかし妻だって人間です。連日、病気の話ばかりされると健常者だって心が病んでしまいます。

家族だってしんどいんだ

「私だってしんどいよ」という言葉。聞きたくない言葉だけれど、妻だって言いたくないはずです。そして、それを言わせているのも紛れもない私自身。

気遣ってほしい欲求と迷惑をかけてはいけないという罪悪感。連日、同じことばかりをぐるぐるループして考えている感じでした。

一人で戦っていく覚悟

私の気がかりはもう一つありました。もし、病気だと宣告されたら今後寄り添ってもらえるかという不安でした。

精神的な病や障害は家族と暮らしていると、極端な話、息をしているだけでも何かしらの影響を与えてしまうものです。特にそれが一生ものの病であれば尚更です。

過去の経験と今回の症状から、正直なにも無いとは思えませんでした。

なので妻には、もし寄り添ってもらえそうなら病気の名前は伝えるけれど、そのつもりがなければ伝えずに自分だけで戦っていくと話していました。

いつだって離れても大丈夫

冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、妻には病気が発覚したらいつでも逃げて良いと伝えました。いくら家族と言えども、これからお世話になる人に対して失礼になることは承知の上です。

だけど、自分の過去は自分が一番よく知っています。

過去にお付き合いしてきた人たちは、我慢の限界を迎え、ある人は精神的にも参り、去って行きました。

妻だって同じ人間です。

結婚という契約があるために我慢し続けないといけない。それならこちらから話を切り出しておくのが良策であり、自分としても一番安心できる状態だったのです。

これが私がずっと思い、抱え込んでいた心の曇りでした。

さらに深い闇へ

職場の理解、家族との対話、そして自分の中のジレンマ。

まさに地獄の毎日。

その先には更に深い深い闇のような日々が待っているのでした。

かかしくんの4コマ漫画第4話
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この記事を書いた人

50歳で初めて抱いた自分への「異変」。意を決して診断を受け、フタをあけたらASDとADHDという答えが待っていました。50年間の生きづらさの正体を知り、肩の荷が下りた今、ようやく始まった本当の自分の物語。一人で悩む方に寄り添い、共に解決策を探すブログ「フタをあけたらADHD」を運営しています。

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